スタートアップがもし「営業」するなら大企業しかターゲットにしてはいけない

さて、今日も今日とて出張中である。
朝食を食べようとホテルのレストランに行ったがまだ閉まってるので帰って来た。起きるのが早すぎるようだ。
少し空き時間できたのでブログでも書くとしよう。

さて、営業について教えてほしいという相談が定期的にやってくる。
僕はエンジニア出身なので系統だてて営業を教えられたことなどないので、それこそ元リクルートトップセールスマンみたいな人は山程いるからそういう人に聞いてくれとあまり上段から物申さないようにはしている。

僕が営業部門を率いていたのは数年前までだし、会社の立上げ初期の段階というのは10年前だから結構ビジネス環境は変化しているかもしれないが備忘録程度にネット関連のスタートアップや中小企業の営業について思ったことを書いておこう。

1.ターゲット設定を中小企業にする?

スタートアップの社長さんから中小企業に5万〜10万円の課金型のサービスをばら撒くアイデアの商材の営業について相談されることがある。
しかも、営業に充てられるリソースは自分と部下2名とかそういうレベルの人に相談される。
僕は営業リソースがわずかしかないのに、なぜ中小企業向けの商品設計にして、中小企業を狙うの?と聞いてしまう。

すると、「まずは小規模の企業に使ってもらって導入事例を作ってから少しづつ営業体制を整えて拡販を〜」とか、「まずはミニマムのローンチカスタマーの声を聴きながらサービスのブラッシュアップをして〜」みたいな戦略めいたものを話をしてくれる。
が、僕には分かる。

「大手企業や一流企業は汚い雑居ビルの一室で中途半端な自分らが作ったミスだらけの商品なんか相手にしてくれるわけもないし、堂々とプレゼンするなんて自信もない」

と思っているのだ。
これは脱サラ型のスタートアップメンバーがよくハマってるのを見る。

社会人経験が薄かったり、そもそも会社員時代に政治ゲームが出来ずに追い出されたようなイカれた創業者なんかに言わせれば「自信と気合いを満タンにして大手にも突撃せよ」となってしまうのだけれど、実は僕はこのイカれた起業家の方が正しいと考えていて、かけだしだからこそビッククライアントにアプローチするのは一周周って合理的であると考えている。

2.なぜ中小企業のみをターゲットにしてはいけないか?

ぶっちゃけ、大企業をターゲットにすべき理由は、中小企業を、大量に相手にするのが中小企業には難しいからと言うのに尽きる。

中小企業を相手にするのはとにかくしんどいのだ。

①問合せが多い

中小企業は忙しい。社長からヒラまですべての人間が複数の機能を持って動いている。
あなたのサービスや商品を日がな一日いじくって使う時間を取ることは出来ないし、まして専任の担当者なんて置けない。
だから、マニュアルや製品サイトを読まずにすぐに電話をメールをしてくる。
電話一本、メール一通返信している時間もコストなのだ。
酷い場合は営業コストがかかりすぎて売る前に想定される利益をすべて対応の為のコミュニケーションコストに使ってしまって赤字なんてことも珍しくない。

②値切りが激しい

中小企業はお金が無い。お金が無いから真剣だ。大企業だって真剣だが、真剣の質が違う。
大企業が真剣なのは結果を出す為のプロセスの洗練と結果に対してだが、中小企業は結果に対してのみ真剣だ。
プロセスなんかどうでもよい、ツールなんてなんでもよい。安ければ。
コストがカットできれば。となりがちだ。
「効果があって売上が上がるなら予算はいくらでも取るよ。」というセリフがあるが、中小企業の社長のそれは「おはよう!」以下の重みだと認識しないといけない。
つまり、中身なんか関係ない。とにかく安くしろと常に言われるのだ。

③クレームも多い

電子レンジに猫を入れて殺してしまうひどい消費者の話を聞いたことがあると思うが、ああいう感じのクレームが毎日来るようになる。
そもそも課題を解決するための手段の一つを自己責任において購入したという認識が無かったり、わざと忘れてクレームを言ってくる。
時に金融機関に半笑いであしらわれた腹いせだったり、元受けの若造に使えないと事実を言われたことに対する八つ当たりだったりする。
1時間近く電話回線を占領した上に、社長と詫びに来いと他のリソースまで使わせようとするこの手の話に対応していると、1回のクレームで数万の粗利益などすぐに吹き飛んでしまう。

④使いこなせないので課題を発見できない

中小企業はパイロットユーザーに向かない場合が多い。
組織自体が体系だてられていなかったり、そもそも顧客の担当のレベルが高くないので自社の業務ややり方の非効率な点や、自社商品の弱みなどを意識できておらず、導入したサービスや商品の機能単位の効果や
課題を実感できていないのだ。
感想や改善点を聞いてもほとんどの場合的を射た答えを得られることはないだろう。
もちろんかといって満足しているわけでもない。

⑤債権回収に不安がある

一番きついのはこれだ。中小企業は残念だがやはり様々な理由で支払いにトラブルを抱えることがある。
倒産してしまうならまだスッキリするし、あきらめもつく。
むしろやっかいなのが、対応が気に入らないとかいろいろな理由を付けては支払を滞らせたり、一部しか入金しない会社が結構あることだ。
その度に督促の電話をしたり、支払交渉をまたコミュニケーションコストを負担しながらすることになる。

⑥一つのプロジェクトで成功してもスケールしない

これもかなりキツイ。一生懸命がんばってなんらかのサービス、商品を導入して喜んでもらっても、他のカンパニーに紹介してください。とか、現地法人にも導入してグローバルでやろうとかにはならない場合が多い。
褒められても先方の社長が焼肉食わしてくれるのがスケールの上限だったりする。
もちろんすんごい急成長をするパターンで最初から取引してたら話としてはすごいけど、大きくなったら大きくなったで競合の大手企業が大人数の部隊で手厚いサポートを脅威の価格で提案して来るので自分たち
の仕事は無くなってしまう。

自分たちが中小企業なら、感覚は分かると思う。
どこの会社も似たようなもんだ。

つまり、逆説的に言えば、中小企業をターゲットにして事業をスケールするというのは「どれだけきちんと営業をしないか」にかかっているのだ。

本気で僕が中小企業相手のサービスを拡販していくなら、時間は、マニュアルの要らないユーザーインターフェースと、問合せ電話番号がないユーザーサポートページ作りから始める。
先に営業なんかに行って下手に導入しようものなら他の事ができなくなる。


3.大企業に自社の商品、サービスを採用してもらうには

そもそも、リソースが限られているスタートアップの「営業」は大企業に対してやるものなのだ。

それは中小企業を主軸に考えると社員は鬱に、会社は多忙に、社長は金欠になるから本当はそれしか選択肢は残されていないだけだ。

大企業を相手にするメリットは中小企業を相手にするデメリットのほぼ逆なのだが、

んなことは分かってるよ。
でも、自分はコネもないし、展示会に出したけどうちの商品力じゃ、問合せが大企業から来ることもなかったもの。。
って話してくれる。

具体的なアプローチや機会設定の手法はお話しできないが、アプローチ後のやり方にはコツがあると思っている。
山ほどあるが代表的な3つを書いておく。

①担当者の社内評価が高まるKPIを意識する

大企業の担当者は四半期から1年くらいのタームの目標管理制度の中で自分の実績を上司にアピールしないといけない。
その際には見栄えのする数字が欲しいものだ。
ここをサポートできるように見せることは非常に重要だ。
大企業にスタートアップが何かを採用してもらうことは、非常に多くの対象企業の社内手続きを乗り越えることと同義だ。
そのパートナーとなってもらう必要があるカウンターパートの担当者のモチベーションはやはり自分たちを使ったことが自分の評価につながることだ。
会社としての課題は何なのか?はもちろんだが、その担当者個人のミッションと彼が評価されるKPIはなんなのかを知り、そのKPIを動かすことやそのKPIの見栄えがする提案作りを心がけよう。
もちろん○○さんの実績になりますよ。と言う悪代官に取り入る越後屋みたいなセールストークをするわけにはいかないが、必ず最初のヒアリングで相手がどんなKPIを改善したり向上したりしたら出世につながるのかを押さえないといけない。

②クライアントの上司へのプレゼンテーションを手伝う

大企業の業者選定のプロセスで1社で決定なんてことはまずない。
なので、複数社のサービスの中から自社で利用するものを選ぶ。
これは大企業のプロトコルなのだ。

担当者も責任者もさっさと調達先を決めたくともこの、比較検討のフェーズは避けて通れない。
が、これがとにかく面倒で、社内へ根回しするための資料、調達部門のレビューを通過する資料、予算の妥当性と投資回収期間をまとめた最終稟議用資料と様々なアホみたいな手間をかけなくてはいけない。
飲みに行きたいし早く帰って子供と風呂に入りたいのに、出入り業者の連中に金をくれてやるための資料を作らないといけないのだ。多少高くてもいいからこの資料を作ってくれる業者がいたら俺が猛烈に担いでやるのにな。と思うのがエリート様の心情だ。

だから、これを手伝ってあげる。
ありものの自社の営業資料の他社商品比較はDMとしても使ったりしたものの使い回しだったりして、競合企業がA社、B社みたいだったり、自社が圧倒的に有利になるように勝てる競合だけマトリックスに組み込んでいたりするが、そんなのではなく顧客目線で今提案している競合企業の情報と正直に自社サービスのメリットデメリットをまとめたエグゼクティブサマリーのタタキを作ってpptファイルで渡してしてあげるのは有効だ。
これは大変喜ばれるし、うまく資料を作ることで有利に商談を運ぶこともできる。

③導入事例でとにかくおす

大企業の求めるものはこれだ。
「自分達の上司でも知ってる会社の成功事例のある、まだ誰もやっていないサービスをいち早く導入したい。」

言ってることが矛盾しているのだが、これが事実だ。
複数の人が意思決定のプロセスに絡む大企業で稟議書のスタンプラリーを経理部の支払処理まで突き抜けさせる為の強力なロンギヌスの槍は何か?
「名前の通った企業への導入事例」だ。
一つでも、金額は小さくても構わない。これまでの仕事をひっくりかえして探して下請け仕事でも構わないから少しでも名前の通った企業との実績を必ずアピること。
業界が違っても構わない。
そもそも自分たちが怪しい会社じゃないという錯覚をして貰うのが目的なのだ。
先例主義、集団心理にどっぷりそまったほとんど何も考えてない
のに口だけ出すことで組織における存在感をアピールする政治屋達が山ほどいるのも大企業の特徴だ。
彼らの目の前を稟議書がうまく通過するためには、できるだけ見栄えのする会社の名前をそれとなく入れておくことだ。
政治屋達は自分が組織で生き残る為のバランス感覚だけは超絶に優れているので自分が「目新しい会社を聞いたことがないだけで排除する古い体質、リスクを取らない体質の人間」と会社内で思われることも同時に恐れている。
そこをつけばよい。
「新進のベンチャーで競合他社も目をまだつけてない。が、他業種であの有名な会社はいち早く導入して実績を上げているようだ」
というシナリオを見せてあげれば、リスクを回避して口は出さない。
口を出したら、「あの〇〇社」がやってることを「やらない理由」を説明しないといけない。
「こんな聞いたことないちっぽけな会社大丈夫なの?」の一言以外の反論をする能力も意欲も彼らにはないのだから。

4.大企業はダメと叩いていても金にはならない

たまに大企業かベンチャーか?みたいな就職活動の議論を見るが、大企業のプロトコルを知っておくことは中小企業の成長の上でも役に立つと僕は思う。
ただ、最初に話したが、そのプロトコルを知っている人間が起業すると、中身も見ないで中小企業をゴミ扱いしたり、コケ脅しだけは立派なおエライさんなど、あの魑魅魍魎どもをみたくないという気持ちから避けてしまったりする。

しかし、やはり、経営の安定やサービスの拡大を考えるうえでは大企業は外せないキーだ。

また、一流の企業に居る一流の人材の中にはフラットな視点で、未完のスタートアップの価値を見抜くホンモノの凄腕ビジネスパーソンが確かに居るし(経験上女性が多い)、何度もそういう人たちに僕自身も拾い上げてもらってきた。

真面目にいいサービスや商品を作ってる中小企業がなかなか営業がうまく行かずに利益を出せない横で、アホみたいに突撃する社会人経験のないような若い社長の会社がどんどんいろんな会社を開拓していくのは、彼らが怖い物知らずで運をつかんだという理由だけではなく中小企業の営業戦略は大企業への突撃なしには成功し難い合理的な理由があるのだ。

最期におまけに書くが、じゃぁ、ちなみに迷える中小企業の経営課題の解決を真摯にしてくれる人はどこにいるの?
って話だが、そういう課題を解決するには、大規模な資本と大量の人員が必要なので既存の大企業か、いっぱいお金と人を集めて創業できる超一流の起業家が志をもってやればよいと思います。

では皆さん今日も持ち場でがんばりましょう。